DPW

薬を投与すれば痛みが和らぎ、情報を投与すれば恐怖が和らぐ

告白しよう。

私は今まで大きな過ちを犯していた。

産まれて4ヶ月になるか弱い娘に、”何も話しかけずに”オムツを替えたり、着替えをしていたのだ。

そう、”何も話しかけずに”。

無知な親のエゴによって、娘はとても怯えていた。 それに気づかずにいた私は本当に愚かものだ。

数週間前、手術台に載せられた私は天井を観察することと、周囲の会話を捕捉することしか出来ずにいた。
左手に点滴するのは上手くいかなかったようだ。
挨拶のようなお詫びをされ、利き腕に針がさされた。
あらゆる知覚をただ受け入れるしかない状況だったが、多少の不安でやり過ごすことか出来た。

今思えば、やり過ごすことが出来たのは、私が強い精神力をもっていたからでもなく、ましてや悟りの境地に達したからではない。

単純に、周囲がこれからやることを直前に教えてくれたからだ。そう、周りの皆さんの気配りによるものなのだ。

おかげで心構えができ、私は取り乱すこともなく、担当医や看護師にみなさんの技術・気配りの甲斐もあって、手術は無事に成功した。

医師と患者、父親と赤子、一方が絶対的な力を奮い、他方がそれに服従せざるををえない状況に、その差はないとい言っていい。

力を持つものがそれを行使する前に、これから何をするのか、その後どうなるのか、それらの情報を与えなければ、赤子はただただ怯えるしかないのだ。

今まで私は愛する娘にどれほどの苦痛と恐怖を与えてきたのだろう。

赤ちゃんに大人の言葉は通じないから、話しかけても無意味、なんて詭弁は不要である。

私は今日も優しく情報を与える。

「これからオムツとりまちゅからねー」
「お洋服のボタン、パチパチしまちゅからねー、パチッ! パチッ!」